仲田修子;ダウンタウンブルース  22

アレンジ譜が出来てきた。私はそれを必死で「解読」し、特訓を始めた。
「あのね、最初トランペットから出るからね、とにかく一二三四、二二三四、と数えて、四二三四まできたらもう一回同じように数えて、歌ってね、間奏も全く同じだから、同じに数えて二番歌ってね、じゃ、その通りの長さで弾くからね!」
絵理菜さんは表面いやいややっているように見えたけれど、「やる気」が出ているのは手に取るようにわかった。
キャバレーに出演の日取りが決った。私はその日のために「トラ」(ハコで一日だけ代りに出演する人の事)を探した、五千円で一人見つけた。
絵理菜さんの出演日の二日前、店に行くと、雪乃派のメンバーに囲まれてミツコが泣いていた…雪乃さんが何か言ってた。
「どうしたんですか?」、私は聞いた。泣く
「どうもこうもないのよ!」
雪乃さんが言った。
「先生が…いなくなっちゃったんです…」
ミツコは泣きながらそう言った。
「ほかの女の弟子と駆け落ちしたんだってさ!」
メンバーの一人が言った。
「じゃあ、そのディレクターというのには会ったの?会わせてもらったの?」
「いいえ、まだです、お金は払ったんですけど……」
ミツコは言った、それから急にむせび泣きになった…。
「ミツコちゃん、今日はもう帰りなさい、それじゃ仕事になんかならないだろう?」
マネージャーがそう言い、ミツコは泣きながら頷き、そのまま帰って行った。
私は同情するどころか腹が立った、その「先生」という奴と、それからミツコにも。
「さあ、絵理菜さん、レッスンしようよ、あと二日で本番だからね!」。
絵理菜さんの「本番」の日が来た。
私は打合せ通りに夜の六時にその蒲田のキャバレーへ入った。正面から入ると金を取られると聞いていたので従業員用の裏口から…絵理菜さんはもう来ていて、隣に痩せた若い男が立っていた。
「これ、ウチの…」
彼女はまだ私が見た事のないラメ入りの黒いドレスを着ていた。S0030
「どうも…初めまして、ウチのが御世話になっているみたいで」
絵理菜さんの旦那は黒いタキシードを着ていて、やたらと腰の低い人だった。
七時ちょっと前にバンドが楽屋に入る、その時挨拶をしてバンマスに譜面を全部渡してくれ、七時から一ステージが始まる。それはバンド演奏だけで、二、三、ステージでショウが入る、そして四ステージが又バンド演奏になる……彼は説明してくれた。
「じゃあ、絵理菜さんが歌うのは?」
「一(ワン)ステージ目が良いでしょうね、最後の曲の前に…僕が司会しますから…そしたらウチのが出てきて…」
「宜しくお願いします」
私は譜面の束を握ったまま頭を下げた。

 高円寺ライブハウス ペンギンハウス

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする