仲田修子話 73

ところで修子と彼の二人の新婚生活は普通とはかなり違っていた

家にテレビは置かず、寝るのは2段ベッドの上と下 そして二人で「子供を作るのはやめよう」と誓い合った

一緒に住み始めた彼は修子が外で働いてる間は家に居てぼうっとしていたりジャズ喫茶に通っていたりした  そういう生活が10ヶ月続き11ヶ月目になったときに修子はふと「これはおかしい」と気が付いた 考えてみれば働いているのは修子だけ 彼は何もしていなかったのだ 別に意図的ではなくて単にそういうことに気がつかなかっただけだったのだが

修子が「あなたも何か仕事をしなさい」と彼に言うと

「じゃあ皿洗いのバイトでもする」と言うので

「仮にも最高学府まで行った人間がそんな仕事をするんじゃない」と叱り付け修子は新聞の求人広告欄を見てそこにあるコンピューター会社が求人をしているのを見つけ「ここに行けば」と勧めた 彼がその会社に面接に行くと見事合格 そこで彼は働き始めた

結婚後も修子は「アーサーベル」に出演し続けていた

音楽で稼ぐということは本当に苦労という言葉なんかでは足りず、まるで「毎日が戦場に居るような」日々だった

それだけ修子が必死で毎日を過ごしていても来ているお客たちにはまったくそういうことには気が付いていなかった よく訊かれたのが「昼間は何をしてるの」という質問 それに対して最初の頃は愚直に「昼間は寝てます」とか「練習してます」

と答えていたが、そのうち「昼間は売れない画家をやっています 絵では食えないのでアルバイトでここで歌ってるのです」という架空の話を創り上げそう説明したら、お客たちはやっと「理解ができた」という感じだった とにかくその当時のサラリーマンよりはるかに高い給料を稼いでいた修子・・・それがどれほどの重責と努力の結果に対する報酬だったのか・・・ということに普通の人たちは気が付いていななかった

高円寺ライブハウス ペンギンハウス

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