まず彼のバンドサウンドですが、マディ・ウォーターズたちいわゆる「シカゴ本流」とはかなり違っていました その一番違うところは彼のレコーディングには「ホーンセクション」が加わることが多かったことです ブルースハープはごく初期に同時期に活動していた「サニーボーイ・ウィリアムソンⅡ」と一緒に吹き込んだものが有るくらいで、シカゴブルースには付きものと言えるブロウハープは彼のバンドサウンドには入りませんでした そして大抵はサックスが2本とかそこにトランペットやトロンボーンが加わったホーンセクションが彼のバックには付いていました
このスタイルにはマディが去ったあとにミシシッピやメンフィスなどで広がってきた「アーバンブルース」の影響がありました
それらはやがて「ボビー・ブランド」「ジュニア・パーカー」などのシンガーたちを経て「リズム&ブルース」や「ソウルミュージック」へと進化してゆくのですが、そのスタイルを同じメンフィスをベースに活動していた「ライリー・B・キング」つまりBBキングなどが完成させていきますが、その基礎になるような形をこの当時のエルモアはすでに持っていました
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