僕の吉祥寺話 最終回

その後も修子アパートにはちょくちょくお邪魔するようになった僕
ある日、あまりにも話が盛り上がりすぎて終電の時間に間に合わなくなりそうになってしまった
すると「泊まってけば」というお言葉・・・実は修子アパートにはそれまでも色々な友人達が来ていて泊まってくことは日常茶飯事だった
そこで僕もありがたくお言葉に甘えることにしたがこれをきっかけに、行くと必ず泊めてもらうというパターンが定着してしまい、それも一泊どころか二泊三泊・・・となってゆき、なんだか我が家のようなその居心地の良さにすっかりはまっていたのだ

そして吉祥寺に戻るとあのいつも通りの停滞した空気が待ち受けていた
もう僕はぐゎらん堂のライブには出なくなっていた 周りの音楽仲間達からも何となく距離が出来ていたExif_JPEG_PICTURE
シバとは喧嘩別れのままだった 当時、高田渡の回りには取り巻きみたいな連中が何人も(音楽とは関係ない人間も)居て、そういう連中に常に囲まれた彼が毎日のように麻雀やビリヤードや呑むことにうつつを抜かしていることにも何だか嫌気がさしていた

当時、東京周辺のあちこちに新しいライブハウスが出来ていたが、どこもイマイチ・・・というよりライブそのものに対する聞き手の意識がわずかこの2年位の間にすっかり変わってしまったのを肌で感じていたみかばんど
明らかに「フォークの時代」が終わろうとしていた
「フォーククルセダーズ」だった加藤和彦はグラムファッションに身を包み「サディスティックミカバンド」をやっていた

あの両国講堂で「前座」だったCAROLはもう大スターだったYMOきゃろる
坂本龍一は細野晴臣らとくっついて全く新しいことを始めていた
そして僕は・・・相変わらずぱっとしない音楽活動をまだ続けるのか辞めるのか・・・そんな瀬戸際に立たされていた
何やってんだジミー・・・お前にとって音楽って何なんだ・・・そんな声が心の底から聞こえてきた

鬱々とした気持ちを抱えたままある日僕は「のろ」の階段を降りていた
店に入るとその日は学生か何かのグループが居て店の中はえらく騒がしかったのろ
僕はカウンター席の隅に座った 後の席からは発情しきったような若い男女の嬌声が無遠慮に店中に響いてくる 僕はなんだかムシャクシャして焼酎のストレートを立て続けにあおっていた
しかし、いくら呑んでも一向に気分は晴れない さらに僕は焼酎を煽った・・・何杯呑んだんだろう・・・マスターの加藤さんと何か話したのは覚えてるんだが、そのあとの記憶がない

ふと気がつくと僕はのろのすぐ近くの駐車場に仰向けで寝ていた 小雨がぱらぱらと降っていた 雨粒が容赦なく顔に降りかかる・・・しかし僕は身動きができなかった ひどく酔っていた その時だ、誰かが僕に声をかけた
「おい、大丈夫か」若い男の声だった さらに声が聴こえた 「おい、矢島 大丈夫か しっかりしろ」「ああ、大丈夫だ」僕は答えた 本当は全然大丈夫じゃなかったが
不思議なことにその男の顔は見えなかった ただ、親切に僕を介抱してくれるし僕の名前も知っている・・・これは僕の友人だ・・・勝手にそう思ったのだ
すると「友人」は僕に「おい、これを飲め」と言って水を飲ませてくれた
何 て気が利くいいやつなんだ、やはり友人は有難い・・・そう思ってると彼はまたこう言った「おい、矢島!本当に大丈夫か? 」「大丈夫だよ」「大丈夫ならキャッシュカードの番号ちゃんと言えるキャッシュか?」ははーん、こいつ俺が頭でも打って意識がおかしくなってるのか心配してくれてる のだな、そう思って「言えるさ!〇〇〇〇」さ!
その直後、その「友人」の声は消えた・・・
まだ雨は降り続いていた とても起き上がれる状態じゃなかったが、ここにずっと居るわけにもいかない 夜も明け始めていた 僕はなんとか気力を振り絞り、這うようにして自宅に帰った

翌日、お昼過ぎに布団の中で目が覚めた 頭がガンガンする おまけにひどい吐き気とダルさ・・・最悪な二日酔いだ まだ朦朧とするアタマで僕は昨夜のことを思い出そうとした
昨日はのろに行ってえらく呑んで・・・そのあと記憶がなくて気が付いたら駐車場で寝ていたな・・・誰かが介抱してくれて水を飲ませてくれて・・・あれ、誰 だったんだろう?・・・そついえば変なこと訊いてたな・・・「キャッシュカードの番号言えるか」なんて・・・キャッシュ・・・!
そこで僕は大変なことか起きたのに気が付いた 慌ててカバンを開けると財布を捜した 財布はあった、が・・・キャッシュカードが無くなってた そこでまだフラフラする身体で銀行に飛んで行って通帳の残高を調べてもらった ・・・全額引き下ろされていた
ただし、その口座には元々3000円位しか入っていなかった(笑) 盗んだ奴も骨折り損だったわけで、まあ僕も三千円で水を飲ませてくれて介抱してくれたわけでそう思えば諦めもついた
それにしても悪い奴って居るもんだ

翌日、のろに行って加藤さんに前日のことを詫び、彼に訊ねたノロ
「僕、昨日何か変なこといいませんでしたか?」
すると加藤さんはニヤリと意味ありげに笑い「いやあ、別に」と言ってくれたが、何となくの記憶ではかなり毒を吐いたようだった

それでのろに行き辛くなった・・・わけではなかったが、なんとなくそこももう自分の居場所ではない・・・そんな感じがしていた

ついにその時が来たのかもしれない 僕はそう思った
メイテンカイカン生まれてから24年間を過ごした街、恋も友情も喧嘩も出会いも別れもあった街、希望も失望も計略も挫折も・・・

素朴で垢抜けない田舎娘が気が付いたら流行りのブランド物を身に付けていて、畑だったところがいつの間にか高級マンションになったりというように変貌し続ける街・・・そして僕にとってはなんだか居心地の悪い街・・・

ある日の夕方、多くの人で賑わう吉祥寺駅・・・その井の頭線への階段を僕はギターと少しばかりの荷物を持って上っていた

行き先は決まっているシブヤイキ

「もう戻らない」・・・その時はそんなこと思ってたわけじゃなかったけど

電車のドアが閉まり「各駅停車渋谷行き」は発車したアノイノカシラ
窓の外で段々遠ざかってゆく吉祥寺の街・・・でもその景色を僕は振り返って見ることはなかった

おわり

高円寺ライブハウス ペンギンハウス

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする