仲田修子;ダウンタウンブルース  11

私は八ケ月でバイエルをあげた。そしてすぐに友人の紹介でジャズピアノの先生についた。
ジャズピアノはやたら難しかった、けれど私には夢があった。「ピアノの弾き語りになりたい、そして安いベースとドラムスを雇ってトリオを組んで、かけもち、ナイトをするんだ…そうすれば月に六十万ぐらい稼げるだろう…そしてアパートを買うんだ、弟にバイトをやめさせて、好きなだけ勉強できるようにして…母親には掃除婦をやめさせて、毛皮のコートでも買ってやろう」
「夢」が私を支えた…だんだんデタラメを歌わなくなっていった、例の神経症も大分楽になってきた、レパートリイも二百は軽く越えていた。そんなある日、私はマネージャーに言われた。
「君も、もううちへ来て一年ぐらいになるよね」
「はい…」
「そろそろ別の弾き語りに代えたいんだ、やっぱりお客も飽きてくるしね」
思いがけない言葉だった、私は、飽きられていたのだ。
真暗な気分で星さんのナイトの店へ出掛けた。
「私、今月一杯でクビになるんですけど、次の仕事のこと、全然考えてなかったんです」
「大丈夫だよ、ぜいたくさえ言わなけりゃ、ハコはいくらでもあるよ」
ハコ、というのはバンドマン用語で、出演する店のことだった。

畑の

私はぜいたくを言わなかった。そして、とんでもない遠くのハコに入った。たとえば埼玉の大宮から高崎線に乗り換えて何駅か行った所からさらに徒歩十五分、畑の真中に突然ネオンを光らせて一軒だけポツンと聳え立つ「ホストクラブ」。そして音出しは夜中の十二時から…という所だった。
広いその店はステージの前にダンスフロアがあり、お客はほとんど家族連れとかカップルとか、男の人だけでくるとか、要するにこのあたりの人々の唯一の社交場らしかった。そして「ホスト」は?そんなもの一人も居なかった、ただ若いウエイターとバーテンが十人位いるだけだった、そして彼らはお客の席に座ったりはしないのだ。この辺の人達はホストクラブ、というのを何か完全に誤解しているのじゃないだろうか。
「ここ、ホストクラブなんですか?」ホスト
私はウエイターの一人に訊ねた。
「ええ、そうですよ」
明るい声で彼は答えた、何の疑問も持っていないようだった。

 高円寺ライブハウス ペンギンハウス

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