仲田修子;ダウンタウンブルース  16

翌日店へ行くと、彼女達は相変らず熱心に対立していた、私はカウンターでマネージャーにそっと訊ねた。
「あの人たち、一体何で、何が原因であんなに仲が悪いんですか?」
「それが、僕にもさっぱり解らないんだよ。ただ、ずい分前からずっとああだけどね、まあ、お客が入ってくればふつうにしててくれるから」
私は絵理菜さんに声をかけた。
「絵理菜さん、ちょっと歌ってくれませんか?私、きのうの歌きいてびっくりしちゃって」ステージ
「びっくりって、何が?」
けだるそうに彼女は答えた。
「いや、あんまりうまいんで、他の歌も聞いてみたくて」
「あらそう、いいけど」
彼女はゆっくりと立ち上がった。
きのうのあれは、錯覚か、何かの偶然ではないのか?私は少し心配だったのだ。
彼女はきのうとは違う歌を歌った。一般には知られていない歌謡ブルースだった、私はたちまちシビレた。せがんでもう一曲歌ってもらった。今度は有名な三拍子の曲だった。彼女の歌い方は二マイクロホン曲とも「ルバート」で、三拍子の曲はところどころ四拍子になったり五拍子になったりした。けれどそんな事は関係ない、むしろ原曲の譜面の方がダサイんじゃないか?と思うぐらい彼女の歌は見事で、説得力があった、「この人は天才だ!」私は確信した。
一曲ごとにパラパラと拍手がおきた、絵理菜派の三人だけが拍手をしていた。
「絵理菜さん、あなたはすごい、すごいですよ!」
私は少し興奮気味に言った。
「あら、そう…」
彼女は無表情に答えた、丸い目にくっきりと黒いアイラインを入れたその顔は、何を考えているのアイラインか…解らなかった。
「まあ!お上手でけっこうですこと!」
突然雪乃さんがそう叫んだ、雪乃派のホステスがミツコを除いて一斉に笑い声を立てた、わざとらしい笑い方だった。
「雪乃さん、あなたには絵理菜さんの歌がわからないんですか?すごいですよ、すごくうまいんですよ!」
「あら、そうだったんですか?でもね、私共しろうとにはそんな事わかりませんけど」
雪乃さんは何か挑発的な言い方でそう言った。彼女は店中で一番年が上らしく、もう四十五才に近いか、もういっているか…痩型で面長の、ちょっと気の強そうな人だった。
「じゃあ、なぜ笑うんですか?何もわからないなら、笑う事はないでしょう?」
「あら、笑っちゃいけないんですか?人間、好きな時に笑ってもいいんじゃないですか?」
雪乃さんはますます挑発的にそう言った。 「先生!もうやめなよ!」
絵理菜さんが叫んだ。私は黙って彼女の前にあるソファまで行って座り込んだ。

 高円寺ライブハウス ペンギンハウス

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする