「玉川上水で”あれ”が釣れるらしいぞ!」
その噂はたちまち小学校の男子の間に広まった 「玉川上水」とは東京都羽村市から四谷まで流れている人工の川で、江戸時代に当時の幕府の要請を受けて江戸の水不足を補うために「玉川兄弟」が指揮をして引かれた河川のことだ
この川はちょうど武蔵野市と三鷹市の境を流れている 今では水流はたいしたことないのだが僕の少年時代にはかなりの水流が流れていて、ちょっとした激流だった
なにしろあの有名な太宰治が「入水心中」したくらいの当時の玉川上水は川底が丸くえぐられていてその中に巻き込まれたら決して浮き上がってこれないという「魔の川」だったのだ
そういうわけで僕の通っていた小学校でも「絶対に玉川上水で遊ばないこと」・・・と口が酸っぱくなるくらいに言いつけられていた だから僕らも滅多なことでは近付かなかったのだが・・・
その「噂」はあまりにも魅惑的だった
「玉川上水で・・・ワカサギが釣れる!」・・・信じられないだろう ワカサギといえば寒い川の上流か山の奥の湖でしか釣れない魚・・・誰もがそう思うだろう
たとえば長野県の諏訪湖はワカサギ釣りで有名だが、真冬に凍った湖面にドリルで穴を開けて釣る・・・そういう魚だからだ
でもその噂には真実味があった 教えたのは僕らの仲間でも釣りに関しては「名人」と言われていたやつだ その彼が言うのだからきっと間違いない さっそくその日の放課後、僕らは釣り道具を持って玉川上水に駆けつけた
場所は今もある「むらさき橋」よりちょっと三鷹駅寄り あとで知ったがあの太宰が入水した場所のすぐ下流だった そこにちょっとした堰堤があってその「滝つぼ」みたいなところがそのスポットだったのだ