ここに1つの音源がある
これは1970年に開かれた中津川フォークジャンボリーの模様
バンジョー弾きの岩井宏に紹介されてステージに上がった一人の男 ギターを抱えて歌い出す
これが「加川良」がはじめて人前に出てきたときで、このことは後々までも「伝説」となった話だ
このとき一緒に演奏しているのが 岩井宏(バンジョー)と高田渡(マンドリン)で加川を含めたこの3人はその後「三馬鹿トリオ」と呼ばれ色々なところで一緒に演奏していた
この三人のうち岩井さんは若くしてオートバイ事故で、そして高田氏は12年前に病気で亡くなって、残ったのは加川さんただ1人になった
その加川良が一昨日、4月5日に亡くなったという 去年の年末に「急性白血病」と診断され入院治療をしていたそうだが・・・
加川良・・・僕はずうっと本名(小斎喜弘)のコサイさんと呼んでいた・・・と出会ったのはその中津川から2年後くらい後、渡を慕って多くのミュージシャンたちが吉祥寺に集まってきていた当時、彼も吉祥寺の近くに居を移していた シバや友部正人などの仲間に比べるとコサイさんはそれらの仲間から一定の距離を置いてたので僕も当時はたまに行きつけの喫茶店や「ぐゎらん堂」で顔を合わせてちょっと会話するくらいの間だった
それから僕が吉祥寺から離れやがて東京からも離れ山梨の一番奥の八ヶ岳で暮らしていたとき、思わぬ再会があった
当時僕がよくお世話になっていた八ヶ岳北杜市のライブハウス「パームスプリング」に加川良が演奏にやってくることになって僕がそのオープニングアクトを任されることになった
じつに何十年ぶりの再会だった 僕がパームスプリングに到着するとコサイさんはもうすでに来ていて、僕の顔を見るなり「ヤジマく~ん、久しぶり!」とニコニコ笑いながら寄ってきてハグしてくれた
その時の彼の演奏はアコギ1本で本当にパワフルでダイナミックな世界を作っていた 元々ものすごいボーカル力を持ってる人だったけど、本当に第一線でずうっとやってるシンガーの魅力に溢れていた
その後はまったく接点も無く今日まで来てしまったが、まさかこんなことになるとは
これで「三馬鹿トリオ」はすべてあの世に行ってしまって地上はちょっと寂しくなった
とにかくお疲れ様でした ご冥福を祈ります ジミー矢島
高円寺ライブハウス ペンギンハウス
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