仲田修子話 43

新聞を買ってきてその中に掲載されている求人欄を修子は見た すると港区虎ノ門にある「虎ノ門病院」で「看護助手」という仕事の募集が出ていたのですぐに行って面接を受けた

するとなんと意外なことに・・・あっさりと採用された

看護助手の制服は色は違うが看護師とほぼ同じようなスタイル 周りは今までの職場とは違いみんな教養のある人ばかりで精神的にすごく楽だった 仕事の内容はナースがやらないような雑用全部・・・たとえば病室のベッドのシーツ交換やベッドサイドのゴミの回収とか 当時はパソコンなども無かった時代なので8階建ての病院内の各医科間の連絡事項を伝えるメッセンジャーとして一日中病院内を歩き回るような作業も修子の仕事だった

大きな病院なのでさまざまな人がやってくる 院内では有名な女優とかすれ違うこともよくあったがある日、病院の中で三島由紀夫とすれ違ったこともあった

それと虎ノ門病院の4階は特別室があるフロアーでVIPな患者が入院していた そのフロアーは修子の担当ではなかったのだが、あるとき作家の「水上勉」が入院していることを知って「作家ってどんな人なんだろう」という興味があったので、ある日その病室の担当職員になりすまし「ゴミを回収します」とか言ってまんまと病室に潜入した 入ってみて驚いた 水上は浴衣のような着物姿でそこに居たが、その病室の中に部屋中天井近くまで本が積み上げられていて本にうずもれているような有様でその中でベッドの上で何か書き物をしていた

潜入した修子は制服を着ているので何の不審感も抱かれなかった そのとき思ったが「この状態で私が彼を刺して逃げても誰にも気づかれないだろうな」ということだった

病院の待遇は修子も「準国家公務員」という身分で今までより給料も良かったしささやかだがボーナスも出た 虎ノ門病院自体が「国家公務員共済組合連合会立」という看板を持ってたのだ 初めてやっとまともな人間扱いを受けることができるようになって それまでの工場での「機械の部品」という扱いから開放された

病院には本当にさまざまな「患者」が来ていたが大概のことにはすっかり慣れっこになってた修子をも驚かすような場面に出くわしたこともある あるとき1階の待合所に行ったときに中国服を着た不思議な老婦人を目撃した なんかすごくゆっくり歩くような感じだったので「変だな」と思いよく見ると・・・その女性の脚を見て驚いた 足が異常に小さい 足首からほんのちょっと出るくらいのあまりの小ささ・・・修子は本で読んで知ってたので「あ、これが纏足というものなんだ」とわかった

修子は一日中病院の中を歩き回る仕事をしていた 年齢的にも食べ盛りだったのでいつもものすごくお腹が空いていて病院の食堂のメニューは量が少なくてお金もあまり無かったので「ああ、これを2人前食べられるようになれたらいいなあ」といつも思ってた

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