仲田修子話 74

修子がお客からしょっちゅう言われたのが「羨ましい」という言葉・・・それも明らかにエリートサラリーマン風のお客などからだ

ある日やはり「あなたが羨ましい 僕なんか毎日つまらない仕事ばかりしている」と愚痴をこぼしたサラリーマンに対して修子は「甘えるな!」と一喝した

「あなたが今居るポジションに就けたのは学歴とか運とか色々なものがあってのことのはずだ そういう状況をよく見ないでただ人のことを羨ましがるような非建設的な考え方は間違ってる・・・隣の芝生はよく見えるだけ 甘えてはいけない!」・・・と静かに冷静な口調で諭した するとそのサラリーマンはそう言われて泣き出した

毎日ステージで奇麗な衣装を着て照明を浴びて皆から注目されている修子・・・にこやかに微笑を絶やさず楽しそうに気持ち良さそうに歌う修子

傍から見れば「なんて恵まれてるんだろう」とか「遊んでるんだな」とか思うのかも知れないが・・・彼女にとってはそれは戦場だった 迷彩服の代わりに衣装をまとい 機関銃の代わりにギターを抱え「しあわせ」という銃弾を撃ち続ける 一日が終わると空になった弾倉と銃を抱えて塹壕に戻り次の日はまた弾丸を詰めて前線に戻る・・・それが来る日も来る日も繰り返されていた

そのしんどい日々は結局彼女がその「アーサーベル」を辞める一年後までずうっと続いていた

その店にはホステスなども居なかったのでお客の弾き語りに対する興味が集中していた それだけならいいのだが、そういう人々はお客だけでなく従業員も含めて修子の演奏についてやたらと批判的なことを言って来るようなことが多かった

やれ「エンディングが良くない」とか「エンディングが無い」とか・・・修子はそもそも「エンディング」というものについての知識もほとんど無かったので「ああ、そうですか」と受け流していたが、ある日こんなことを言う人が居た

「君の歌い方はルバートだよね」・・・それは修子も自分で気にしていたことなので傷ついた それを直すためにピアノを習ったりしたりしてたがルバートを直すまではその後もずいぶんと時間がかかった

*解説:「ルバート」とは、テンポやリズムに縛られず自由な長さで演奏または歌うこと 邦楽などはほとんどこれで出来上がっている

不思議なのは何年か前にゴーゴークラブであれだけ天才的にダンスが上手かった修子がなぜこういう問題点を引きずってたのか・・・今思うとそれはその両者が修子の中では全くリンクしてなかったのだと思う

高円寺ライブハウス ペンギンハウス

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