仲田修子話 80

仲田修子著;ダウンタウンブルース「15」より

ミツコは一応雪乃派に所属しているらしかった。けれど彼女一人は他のホステスとは違って、絵理菜派に対して別に何の悪意も持ってはいないようだった。
そんなある日、お客がけっこう入っている時だった、絵理菜さんがふと思いついたようにマイクを握った。
「先生、一曲歌わしてよ…」
曲はブルーノートが入った歌謡ブルースだった。(ブルーノートというのは、たとえばド、で始まる音階ならば、ミ、とシ、が半音下がる音階の、その半音下げた音のことをいう)
修子は適当なイントロを弾き、彼女は歌い出した……あまりのうまさに鳥肌が立った。修子はそれまでどこへ行っても「声」をほめられ続けてきた。

あの星さん(注;修子の先輩の弾き語り歌手 ダウンタウンブルース9に出てくる)でさえも、「君の声と音程の良さはひと財産だよ、それにフィーリングもすごく良い」といつも言ってくれていた、そしてそれまでのべ何千人という人数の人達の伴奏をしてきたけれど、中にはけっこううまい人もいたけれど、しょせん、プロである自分や星さんクラスの人などいるわけがない…と思っていた。

それが、いたのだ!彼女は自分や星さんよりうまかった…修子の声はソプラノ系だったけれど、彼女の声はアルトで、こういうのをベルベットボイス、というのだろうなというような深みのある、そして艶のある、聞いているとどんどん引き込まれるような素晴らしい声をしていた。音程も完璧で、ブルーノートのとり方、歌の説得力、表現力、どれをとっても修子はかなわないと思った。そして伴奏をしている間中、感動のあまり鳥肌が立ちっ放しだった。

ただ、彼女の歌い方はやっぱり「ルバート」だった。
彼女は歌い終るとさっさと客の所へ戻って行ってしまった。年は三十三、四ぐらいなのだろうか?背が少し低く、丸顔で、全体的に小太りだった。
修子は拍手した、人の伴奏をして何千人、初めての事だった。そこへミツコがやってきてマイクを握った。修子は少しミツコを憎んだ、相変らずのひどい歌が始まった…。

挿入曲;「狼の子守歌」2002,7,10 大田区民プラザ大ホールコンサートより

筆者脚注; この話は仲田修子筆の自伝小説「ダウンタウンブルース」をそのまま使わせてもらってます 書かれていることはすべて本当にあったことです 人称を「私」から「修子」または「彼女」に書き換える以外は一切加筆していません

 

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