仲田修子話 95

もうすっかりベテランの領域に入っていた修子に、以前の「アーサーベル」のときのようにあれこれ文句をつけるお客はもうほとんど居なくなっていた。
それでもごくたまにはイヤなお客も居た。 ある日のことだ。 一人のお客から伴奏のリクエストが来た。 するとその客は修子に向かって「この曲はB♭のキーでやってくれる?」と言っておいてから、さも見下したような口調で「弾き語りの人ってB♭って言われると一番嫌がるんだよな」と付け加えた。 それじゃさぞかしその世界のすごい人なのかと思えば・・・その歌はもう下手くそもいいところだった。

その後も神田、赤坂、それ以外にも色々な場所の店に出ていたが、ある日、「トラ」の仕事で1日だけ下町にある店の開店一周年記念イベントに呼ばれて行った。

その店は普段は弾き語りなどは入れてない店なのだが、修子が行くとその日はもう1組キーボードとアコギのDUOが対バンで演奏していたのだったのだが、それがもう信じられないくらい下手で修子はビックリした。 実はその二人はその店のお客で本職は郵便局員のいわゆる素人だったのだが、彼らのことをてっきりプロだと思っていた修子は「なんでこんなヒドいのを雇ったのだろう」と唖然としていた。

さて、彼らの演奏が終り修子が歌い始めた。 するとあっという間に店中が「ウオ〜ッ!」というため息が溢れ出すような感動に包まれた。 それまでのド素人の演奏を聴かされていたお客たちは多分初めて聴いた修子の歌声に、ほとんどショックを受けたのではないだろうか。
そして修子が歌い終わるとその店のオーナーがやってきて、ものすごく思い詰めた表情で決断したような感じで「あのさあ・・・月に8万出すからここで毎日歌ってくれないかなあ」と言った。
修子は「いえ、私今1軒で14万もらってますから」

・・・と言いたかったが可哀想でとてもじゃなく言い出せなくて、仕方なく

「あの、すみませんが事務所のほうに訊いてみてくれませんか」

とお茶を濁してそこを去った。

そういえば今になってみると埼玉の「ホストクラブ」や錦糸町のホステスが喧嘩ばかりしていた店など、何だか情けない感じの仕事場ほど修子には記憶が鮮やかに残っているのだ。

高円寺ライブハウス ペンギンハウス

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