ギターギター 77

そのブルースマンの名前は

「ロバート・ナイトホーク Robert Nighthawk」

本名をロバート・マッカラム( Robert McCollum )といい、1909年にアーカンソー州ヘレナで生まれました。
戦前は南部で活動し数枚のレコードを出しています 1950年から1960年代にはシカゴのマクスウェル通りで路上演奏をして過ごしました。トミー・ジョンソンに強く影響を受け、それにタンパ・レッドのスライド・ギター奏法を加えた独特のスタイルを持ち、マディ・ウォーターズ、エルモア・ジェイムズ、アール・フッカーなどに大きな影響を与えました。彼は1940年代初頭に最初にエレクトリック・ギターを使い始めたひとりだと言われています。しかし、レコーディングは少なく、アリストクラート、ユナイティッド、ステイツ、テスタメントに数曲吹き込んだだけです。1967年に故郷のアーカンソー州ヘレナで毒殺されています(以上;ラディカル・ビスケットより抜粋)

このブルースマンのことは以前ほかのコーナーでも紹介させてもらってるので、今回はこれ以上の細かい説明は省きますが、とにかく戦後のシカゴのブルースシーンで彼のギターの影響力は皆さんが思ってる以上にはるかに大きかったと思います

それは「ボトルネック」や「スライドギター」は必ずオープンチューニングで・・・という常識を打ち破り彼が手本にした「タンパ・レッド」のスタイルに近づけながらもモダンなスタイルにしたことです

ここに当時のシカゴの「マックスウェルストリート」で彼がストリートをやっている貴重な映像があります


素晴らしいスライドギターを聴かせてくれます しかし、不思議なことに肝心のスライドを演奏している部分は”音”のみで映像はカットされています

これは想像ですが、彼は自分のプレイが映像で流されることでほかのギタリストたちに自分のスタイルを「盗まれる」のを恐れていたのだと思います 実際彼のスタイルは多くのフォロワーを生みました 「アール・フッカー」「サミー・マイヤーズ」などなど・・・もっと時代が下ると白人の「ジェフ・ベック」など多くのロックギタリストも好んでこのスタイルを取り入れました そしてマディも進んでこのスタイルを取り入れました

肝心の”本家”のナイトホークはちゃんとしたレコーディングの機会に恵まれず、表舞台には出ることなく、最後は非業の死を遂げてしまいます でも、ブルース~ロックギターの歴史に彼の残した「遺産」は賞賛し尽くせません

ではちょっとやってみますね チューニングはレギュラー キーはEです

高円寺ライブハウス ペンギンハウス

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