僕の八ヶ岳話 24

僕はその中古車販売店の人に現金を渡した 整備費や諸経費などを含めて大体40万円・・・それまで「日勤・夜勤」を散々やった稼ぎはほとんどそれに消えてしまった

しかし、その場でその車を持って帰るわけにはいかない 軽自動車とはいえ「名義変更」「税金」など色々な手続きが必要で、その車が我が家に来たのは結局その1週間後・・・

行きは弟の車で乗っけてもらい、帰りは自分で運転して・・・家に戻った

戻るとかみさんが待っていて、車を見て「まあ、可愛い!」と言った

そして彼女はその車に名前をつけた 「キャリーちゃん」・・・と

こうして我が家は僕とかみさん、ネコの「テンコ」と「キャリーちゃん」の4人(?)家族になった

「キャリーちゃん」にかみさんを乗せ僕は夜の「湾岸道路」を走った 僕らのアパートから「浦安インター」はすぐそこにあった イルミネーション輝く「東京ディズニーランド」の横を通り、荒川の大橋を渡り夜の京葉工業地帯の工場や東京のウォーターフロントの夜景を見ながら走り・・・品川あたりまで走り・・・戻った 車はとてつもないエンジン音を響かせながら・・・時速は80キロぐらいだったが、それは初めて手に入れたモータリゼーションを楽しむシティーライフだった 僕らはすっかりそれに酔いしれていた

僕が車を手にしたことで、会社から回ってくる仕事も今までは無かった現場に行かされることが増えてきた ある日、こんな指令が来た
「湾岸道路沿いのある工事現場の泊り込み警備 夜の8時から朝の8時まで」というものだった そこは僕の家からだと湾岸道路だとわずか20分ぐらいで行ける場所にあった

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