僕の八ヶ岳話 74

最初の電話が来てからだいぶ経ってその「宿泊客」からまた電話が来た 僕は尋ねた
「どうですか?今どのあたりまで来ましたか?」
すると相手の返事は驚くような事態を伝えてきた
「それが・・・まださっきの場所なんです チェーンがうまく巻けなくて」
そこで「さらに最悪」の事態が明るみになった この運転手、チェーンを持ってはいたのだが、今まで一度も使ったことがない それどころかケースから出したこともなく使い方が全くわからない・・・ということだった

そこで僕は電話でチェーンの巻き方を指導することにした まずどんなタイプのものなのか? すると「ラダータイプ」ではなく、その頃出回り始めていた「ネットタイプ」のものだと判明 これはラダータイプに比べると取り扱いが楽なはずだ そして電話ごしにその相手に指示をする「いいですか、チェーンをまずタイヤの上から被せて・・・端に引っ掛けるフックがあるはずです・・・ありましたか? そしてらそれを繋げて・・・はい、そうです それから・・・」
まるで宇宙空間で故障した人工衛星を地上からなんとか修理しようとするNASAの職員みたいなことが延々と続いた そしてようやく
「あ、出来ました ちゃんと巻けています!」
という返事が来た もうすでに深夜をかなり過ぎていた そこでその先本当に気をつけて慎重に・・・と念を押して電話を切りその車の到着を待った

その道のりは雪なども無ければ30分もかからないくらいの距離だった 雪道でスピードが出なくてもまあ1時間もかければ到着するだろう・・・そのお客のチェックインが済めばようやく少しばかり「仮眠」が取れる 明日も忙しい、翌日の予約も満室なので僕らナイトフロントもベッドメイクの手伝いに駆り出されることになっていた・・・ところが

待てどくらせどその車がやって来ない 事故とかに遭っているのではないのは途中で何回かかかってくる電話で判っていた しかし、その進行は恐ろしく遅かった いくら雪道に慣れてないとはいえ、チェーンを巻いてるのだからそこそこは進めるはずだ

そうしてようやくその「宿泊客」が到着したのはそれから数時間後・・・もう空は明るくなり始めていた すでに朝の7時近く、もう早い宿泊客は起きて別棟にあるレストランへ食事に行き始めていた 車からは疲労困憊な表情をした若いカップルがへろへろになって降りてきた
「すみません、車が全然動かなくて途中で何度もストップしてしまい・・・こんな時間になってしまいました」ほとんど半泣きの表情の彼ら・・・泣きたいのはこちらもだ

その彼らの乗ってきた車を見て僕は愕然として・・・そして彼らに言った
「すみません・・・この車FFですよね?」
「え、FFって何ですか?」
自動車には大きく分けて3つの「駆動系」がある つまりエンジンの回転をどちら側の車輪に伝えるかということで、まず「FR」これは前にエンジンがあり後輪に動力を伝える 「クラウン」などの割りと大きい車はこれが多い それと「4WD」これは前後の4輪に動力が伝わる そして最初に言った「FF」これはフロントエンジンの動力を前輪に伝えるもので現在の自動車はこれがほとんどだ(少ないがMR,RRというのもある) そしてタイヤチェーンは当然その「駆動輪」に巻くものなのだ

ところが・・・その車は後輪にチェーンが巻かれてあったのだ!この運転手はそんなことも知らずに居たのだ!

むしろこの状態でアイスバーンや登り道や急カーブが続くここまでの道を走ってこれたのが奇跡としか言えなかった 奇跡はまあ良かったのだが、結局その宿泊客はチェックインしてわずか2時間ばかりで部屋から出なければならなかった もっと悲惨なのは僕らフロントマンだ

とうとう一睡もできなかった

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