僕の八ヶ岳話 82

当分は今までの会社に勤めながら僕はその非番の時間を利用して蕎麦打ちの修行に入った 修行先は僕を誘った「社長」に紹介された、甲府市内にあった一軒の蕎麦屋だった そこは甲府の中心部からは少し離れていて温泉旅館が並ぶ一角にあった もうかなり年代ものの木造平屋建ての小さい店・・・暖簾は長い歳月を経たようでかなり色あせた・・・社長の話では「甲府で一番美味い蕎麦屋だ」ということだったが・・・僕は「どうなのかなあ・・・」とちょっと半信半疑だった

僕らを迎えたのはもうかなり年配の男性・・・70歳は優に超えてそうな小柄で華奢な体格のその人物がその店の店主だった 僕は思った
「なんか、クラレンス・トム・アシュレーに似てるな」
以前僕が影響を受けた音楽のコーナーで紹介した南カロライナ出身のフォークシンガーだが、そんな感じの外見をしていた

社長がその人物に僕を紹介した
「おやじさん、彼がこの前話をした矢島さんだよ どうか面倒見てやってくれるかい」

老人はふむ・・・とうなづくとまずこう口を開いた
「腹はへってるけ? 俺のそば食うかい?」
腹が減ってなくたって勿論喜んでその申し出は受けただろう・・・ちょうど好都合なことに僕はその日はまだ何も食べてなかった

彼はすぐに厨房・・・と言っても狭いカウンターの中だが・・・に入るとコンロのガスに火をつけた 蕎麦屋の釜というと、大きなかまどのような炉に巨大な鋳物の羽釜・・・というのが定番だったが、そこのはただの大きめなアルミのボウルのようなやつ それが普通の家庭にもよくあるガス七輪の上に乗っていた


湯が沸くのを待つ間・・・僕は店内を見渡した よく言えば「素朴」な店内・・・はっきり言えばなんか薄汚れて雑然でほったらかしになって荒れた店・・・という風に見えた
ここが本当に「甲府で一番美味い蕎麦屋」なんだろうか? 自信ありげにそう言った社長の言葉を僕はちょっぴり疑い始めた・・・

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