僕が東京に来た理由 15

さて、この連続記事を読んできていただいた皆さんにはすでに伝わってることと思うが、今年の5月31日一杯でペンギンハウスを閉めることになった。

これは今の「コロナウィルス騒動」が原因かと思われるかも知れないが、実はその決定は今の騒動が広がる前にされていた。

そのお知らせの中で僕の持病について書いたので、そのことについてもう少し詳しく説明しておこう。僕はこの8年間で2回大病を患ってそのたび入院している。最初の入院は5年ほど前、ある日突然肺から大量の血を吐いたのだ。即座に病院に行ったら「今すぐ入院しろ!」と言われたが、その日も夜はペンギンハウスで仕事が入ってたので何とかだましだまし出勤したかったので、無理を言って一旦帰宅させてもらったがその夜にまた喀血・・・結局緊急入院となった。病名は「気道出血」慢性の気管支炎がこじれて肺の血管の一部が切れて出血したということらしかった。結局そのために4、5日ペンギハウスを休むはめに・・・その穴埋めに奔走してくれたのは修子だった。

2度目の入院は3年ぐらい前・・・突然右足のふくらはぎに激しい痛みが出て病院に行って「下肢血栓症」いわゆる「エコノミーシンドローム」だ。この時はもうその場で強制入院・・・やはり4,5日で退院は出来たが、以後血栓を防ぐための薬を毎日飲んでいるし右足の膝から下は毎日「矯正ストッキング」を履いて出勤している。これは血液を下肢から心臓に送り返すためのものだが、履いててけっこうしんどいのだ。おまけにその時もう一つ病気が発覚した。これが「多血症」というもので、皆さんご存知無いと思う(僕も知らなかった)が「貧血症」の逆で血液を普通の人より多く作りすぎるという病気なんだそうで、これも検査結果が悪いと「寫血」と言って「輸血」の逆で一度に400ccの血液を抜かれるのだ。これはけっこう身体へのダメージがあって、正直この前1月の「亜郎を偲ぶ会」の直後に受けた寫血が原因で体調が悪くなり、自力で立つこともできなくなってしまった。仕事は無理してやった。誰も気が付かなかったけどね(笑)。

そしてもうひとつ言いたいことが有る。僕らはペンギンハウスをより良い店にしようと様々務力を重ねてきた。それにはかなりの経費がかかったし、そもそもこのペンギンハウスの家賃は毎日一万円以上かかるのだ。それだけの努力もし、何とか出演者やお客さんにも満足していただけるようにしてきた。ところが、最近はそこらにある普通のバーや飲食店も「ライブやるとお客が来る」とか思ったのか、やたらとそういう場所が増えてきた。すると「需要と供給のバランス」が崩れてきた。それに加えてライブをするミュージシャンやバンドも減ってきた。

そしてミュージシャンたちも「こっちの店よりあっちの店の方が条件がいいぞ」・・・などというようにまるで消費者が馴染みの近所の八百屋と新しく出来たスーパーを比較して「こっちの店よりあっちの大根のほうが2円安いよ!」・・・とそちらに流れる・・・それと同じようなことが今のライブハウスを取り巻く状況に起きてる・・・そう僕は感じてる。

そして、日々マスコミが明らかに狙い撃ちのようにライブハウスを攻撃する「コロナウィルス騒動」・・・果たしてライブハウスに未来はあるのか・・・とても心配だ。

「東京を元気にする」という大それた志でやってきた僕だが、それがちゃんと出来たのか?

その答えは・・・いまだに見えてこないことが心残りではあるのだが。

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