仲田修子;ダウンタウンブルース  9

譜面私の「詐欺師神経症」はレパートリイが増えるのに正比例してひどくなっていった。若いお客の中には学生時代バンドをやっていたという人もいた。そういう人の中で性格の悪そうな奴は、わざわざ私の歌っている隣までやってきて、私の歌っている真っ最中、大きな声で、「あっ!二拍吐いた、あっ!食った、デタラメ歌ってるよこいつ、良く金取れるよね、こんなヒドイ歌でさ、最近の女は図々しいっていうけど、ここまでっていうのはめずらしいよ、あっ!三拍食った、こいつバカじゃないの?」そんな調子で延々と言われる事もあった。「食う」というのはバンド用語で、たとえば二拍なら二拍のばして歌う所をすっとばして次へ行ってしまう事、「吐く」というのはその逆で、次の拍から歌い出すべき所をのばしすぎて、たとえば三拍目で次のメロディに行かなければならないのに、そのまま四拍、五拍とフレーズを続けてしまう事を言うのだった。そしてその頃の私は4拍子そういう歌い方ばっかりをしていたのだった。そしてそれが自分でも解っているのに、どうしようもないのだ。
性格の悪いその男の罵詈雑言を聞きつつ私は歌い続け、歌いながら「こいつ殺して、刑務所へ行こうか?」とさえ一瞬考えたりした。
工場の時とは全然違う苦しみが毎日続いた。
しかし…信じられない事に、その店では、私はすごい人気者になっていた。私のデタラメ、の歌を聞いて泣き出す人まで時々いるくらいだった。
あの栄井さんは私の入店以来も時々やって来て、「おう!元気でやってるか?」と言って元気づけてくれた。
お客に連れられて店の終ったあと、色々なクラブへ行く事も多くなった、ほとんど弾き語り、の入っている店だった。少しずつ弾き語りの知り合いもできてきた。
走る 星さんというベテランの人とも知り合いになれた。彼は三十代位で、もみあげを長く伸ばした精悍な顔をしていて、ギターも歌も、びっくりする程うまかった。彼がちょっとかすれたシブイ声で「ジョージア・オンマイマインド」なんかを歌うと、どんなにザワついた店でもシーンとなり、居合せた人々はみんな、しみじみと聞き入るのだった。彼はパワフルで、そしてやさしい人だった。彼に会って初めて私は「かけもち、ナイト」というのを知った。

 高円寺ライブハウス ペンギンハウス

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