「絵理菜さん…ギターとか弾く気ありませんか?私で良かったら毎日早い時間に教えますけど…むろんタダでいいですけど」
「別にいいよ、そんな、あたし面倒なことキライなんだよ」
私はびっくりした。これだけの才能を持ちながら、彼女はそれに気付かず、その上「やる気」というのが全然無いのだ…どうやら彼女を弾き語りにする事は出来そうもない。しかし何かの形で彼女を「歌手」にする事はできないものか?私は考え込んだ。しかし私には数人の弾き語りの友達がいるだけで、何のコネもツテもなく、その上自分自身、必死でハコを探し回って細々と仕事を繋いでいる身の上ではないか。
「あたし、五つ年下の亭主がいるのよ…」
絵理菜さんがポツリと言った。
「へえ…何やってるんですか、その旦那は?」
「蒲田のキャバレーでね、司会者をやっているのよ…」
「えっ!キャバレー?じゃ、そこバンド入ってるんでしょ?」
「うん、入っているよ」
「そこで歌わしてもらうこと、できそう?」
「さあ…ウチのに聞いてみるよ。先生はバンドで歌いたいの?」
「いやいや、違うって、私じゃなくて絵理菜さんが歌うんだよ」
「あたしが?何で?」
「絵理菜さんは天才だからだよ、歌手になれるよ、きっと、頑張ればスターにだってなれるかもしれないと思うんだ!」
「…………」
「いらっしゃーい!」
店中が叫んだ。
数日後、何気なく絵理菜さんが言った。
「ウチのに聞いたんだけどね、譜面さえあればいつでも歌わしてくれるって…バンマスがそう言ったんだって…」
無表情な彼女の目の中に、私はかすかな「やる気」を感じ取った、嬉しかった、ただ問題点はある…例の「ルバート唱法」だ、私は彼女にその点について何一つ言って無かった。この歌い方では絶対にバンドでは歌えない…何とかしよう。
「そのバンドだけれどね、何人編成で、どんな楽器の人がいるのか、旦那さんに聞いてきてくれる?」
「うん、いいよ」
彼女はそう言ってちょっと笑った、私も思わず笑った。
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