僕らの北沢話  10

さて、「ツッパリング」という言葉が出てきたところでこの「ツッパリ」というものの歴史を主にビジュアル面でちょっと紹介してみようか

ツッパリの歴史は旧い たとえば明治時代ごろ「バンカラ」と称して「弊衣破帽」というスタイルで異カブキ彩を放つ輩がすでにいたのだが、もっと古くは江戸時代以前に「かぶき者」なる連中が居たわけだから、日本に綿々と続く「ツッパリの伝統」は奥が深いのだ

僕が高校生の頃は主に不良高校生の間で流行っていたファッションは2つの主流があった それは大雑把に分けると「軟派」と「硬派」に分けられ、前者は当時「スカマン」と呼ばれた(この語源は横須賀マンボというファッションが元になってる)リーゼントヘアーに細身のとくに裾をぴっちり詰めたパンツを骨盤ギリギリまで下げて履くスタイル、上着も異常に小さめというのが主流

対して後者は真逆で下は股上が深く太めで裾へ行くほど幅が広がる「ボンタン」といわれたパンツ、上着は裾が膝くらいまであり襟も首を覆い隠すばかりに高い「長ラン」と呼ばれる学生服・・・

両者はとくに境界がくっきりあったわけではない ただ、後者のほうは主に「体育会系」の高校たとえば当時の「国士舘」「拓殖大付属」などに多かった そしてどちらも恐かった(笑)

その当時はあくまでも社会のアウトサイダー、裏側の世界にだけいた彼らがいつのまにか表舞台に出てくるようになったのは、コミックそして映画などのヒーローとして描かれるようになってからかも知れない
「嗚呼!! 花の応援団」や「ビーパップ ハイスクール」などを初めいろいろな「ツッパリもの」がこの表舞台に登場するにつれやがていつか「ヤンキー」という言葉に51yM8YgAXTL変化してindexゆくのだが・・・

音楽の世界でまずこの「ツッパリ」を前面に出して大成功したのはやはりCAROL だろうキャロル

リーゼントに皮ジャンというオーソドックスなツッパリスタイルで登場した彼らはファッションにも大いに影響を与えたし「ツッパリ=カッコイイ」というイメージを定着させたわけだ

そのあとに続いたのが「ダウンタウン・ブギウギバンド」「横浜銀蝿」などなど・・・その歴史は「氣志銀ハエ912200027團」あたりまで引き継がれて今や日本の風俗の一部になってるよなあ

ところで、ツッパリのトレードマークともいえる「リーゼントヘアー」の発祥って知ってる?200px-Ducktail

リーゼントの言葉の語源はイギリスのロンドンにある「リージェント通り」から来てるのだが、別にこの地域が髪型の発祥地というわけではなく、この通りが左右に対称形に走っていたので左右対称に髪を振り分けるこの髪型の名前につけられたということらしい

元々は1950年代ごろにアメリカの黒人を中心に始まったようで、くせの強いちじれっ毛の黒人たlittlerちがその髪の毛をまとめるために(伸ばしっぱなしだといわゆるアフロになってしまう)ポマードなどで脇の髪をまとめて後のほうへ撫で付ける・・・というヘアスタイルがカッコイイということで黒人たちとくにミュージシャンたちのあいだを中心にして広がり、ロカビリーブ-ムなどと一緒に白人たちの間にも広がり、それがそのままファッションとして日本にもやってきたのだが、

映画「暴力教室」「理由なき反抗」「ウエストサイド物語」などの影響で「リーゼント=わるいやつ」とジェームスいうイメージが定着してしまったんじゃないのかなあ

あらあら、こんな話をしていたら昨日の続きを書いてる時間がなくなった(笑)

では続きはまた明日

高円寺ライブハウス ペンギンハウス

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