仲田修子話 86

仲田修子著;ダウンタウンブルース「21」より

「あの…それからですね、イントロと間奏は両方八小節にして、全く同じフレージングにして下さい。これ2(トゥ)コーラスしかありませんけど、そのあとサビから歌ったりしませんからそのままエンディングにして下さい。エンディングはなるべく派手に、何小節でもかまいません」
「何か変った注文だね…何でハーフやってサビ歌わないの?」
「いや…色々事情がありまして…」
「ふーん、そうなの…」
彼はそれ以上何も聞かず、修子の注文を次々と書き込んでいった。
「あの…おいくらでしょうか…」
「ああ、アレンジ料ね、スコアだけで良いの?写譜屋さんに出すんだろ?」
「えっ?それはどういう事ですか?」
彼女はあせった。
「ああ、君何も知らないのね…、あのね、アレンジっていうのはふつう、スコアだけ書いて、それを写譜屋さんに出して、パート譜を作ってもらうもんなんだよ…僕はパート譜も書けっていわれれば書くけどね、どうするの?…」
「あ、あの、パート譜書いて下さい…」
「ああ、そう…じゃD(二)万でいいよ、出血大サービスだ…出来たら電話するから、譜面取りに来た時払ってくれればいいよ」
「宜しくお願いします……」
修子はフラフラと六本木の街を歩いた。このアレンジ料を絵理菜さんに請求すべきかどうか?多分彼女はそんなにお金がかかると知ったら、やめる!と言い出すだろうな…それに彼女がもし失敗したら…恨まれるかもしれない…やっぱり自腹を切るしかないだろう…けれど、私はなぜこんなにも夢中になって苦労して、彼女を「歌手」にしようとしているのだろう?確かに絵理菜さんは「天才」だ、けれどなぜこの私が…いや、この私だけが今のところ、彼女の才能を知っている唯一の人間なのだ…世界中で唯一人…帰りのタクシーの中で修子は考え続けた。
「誰でもいいからこの私、連れて逃げてよ……」
頭の中で思わず口ずさんだ。そうだ、私はどこかへ逃げ出したいのだ、できる事なら絵理菜さんも連れて…。

挿入曲;「going chicago」2005,5,28ライブより


筆者脚注; この話は仲田修子筆の自伝小説「ダウンタウンブルース」をそのまま使わせてもらってます 書かれていることはすべて本当にあったことです 人称を「私」から「修子」または「彼女」「自分」に書き換える以外は一切加筆していません

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