仲田修子話 91

仲田修子著;ダウンタウンブルース「最終回」より

「この金取られるといけないから、俺、ずっと見張っている!」8264788
一人の見物人の男がそう言って老人の横に立った。
「ここは下町だからね…みんな人情があるんだよ…」
私の隣りに立っていたマネージャーは、誰に言うともなくそう言い、千円札をそっと紙の箱に入れた。気がつくと私の店のホステス達もみんな出てきて一かたまりになっていた、絵理菜派も雪乃派もなかった。彼女達もそれぞれ百円玉を箱に入れた。
一曲終るとみんな拍手した。老人は何一つ言わず次の曲のイントロ、「チャンチャカチャン……」を始めるのだった。
修子は呆然と立ちすくんだまま、拍手もせず、金も入れず、一人でそっと店の中に戻った。
誰も居なくなった店内で一人、彼女は考え続けた。
「なぜ私は拍手をせず、金も出さなかったのだろう、なぜ?」
かすかに上の方から老人の声がとぎれとぎれに聞こえていた…。

とうとう月末になった。明日からは六本木でかけもちが始まるのだ。四ステージを終ると修子はマネージャーに、そして居合せたみんなに挨拶をした。
「どうもお世話になりました。みなさん頑張って下さい」
それから家から持ってきたギターケースにギターを入れた。
外に出るとざんざん降りの雨だった。修子はギターを持ち、大きな傘をさして人気の無い夜道を駅に向った。しばらくすると前方に一人の小柄な男が一人、傘を持たずに背を丸めて歩いているのが見えた。半纏を着て、下はニッカポッカ、土木作業員か何か、とにかく肉体労働をしている人に違いなかった。
修子は早足になり、その人に追いついた。そして傘を差しかけた。
「駅まで入って行きませんか?」
その人はちょっと驚いたようだった。私の方を素早く見た。それから静かに言った。
「姐さん、アンタいい人だねえ」
「いえ、そんな事ありません」
「姐さん、アンタ流しかい?」
彼は私のギターケースが目についたのだろう。
「ええ、似たようなものです…」
「そうか…頑張ってくれよな」
「はい、頑張ります」
修子は答え、その人と別れて錦糸町駅のプラットホームに立った。
しばらくすると雨粒をキラキラ光らせながら上り電車がやってきた。
都心へ向って行く電車だ。

挿入曲;「I’ve got a feeling 」2002,7,10 大田区民プラザ大ホールコンサートより


筆者脚注; この話は仲田修子筆の自伝小説「ダウンタウンブルース」をそのまま使わせてもらってます 書かれていることはすべて本当にあったことです 人称を「私」から「修子」または「彼女」「自分」に書き換える以外は一切加筆していません次回からはまた筆者による「仲田修子話」になります

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