僕の八ヶ岳話 27

警備会社のオフィスにはわずかだが布団のセットがあった それはたまに「支社長」なんかが飲み会などで家に帰れないときに事務所に泊り込むために用意されてたものだ 僕はその布団一式を抱えると自分の車に積み込んだ 僕の「キャリー」は4ナンバー(商用車)だったので、後ろの座席を畳むと、ちょうど布団を敷けるスペースが出来た そして僕は真夜中の国道を大崎目指して運転した 車は20分くらいで現場に到着した 僕がやってきたのを見てNさんたちは「何だ?」というような怪訝な顔をしていたが、その表情は明らかに疲れ切って見えた

「あの、手伝いに来ました! 車の後ろに布団が積んであります これから朝まで僕が交代しますので、皆さん少しずつでもここで仮眠を取ってください!」

皆の顔にちょっとほっとした表情が浮かんだ 1人1時間あまりでも暖かい布団に横になって休んでもらうことで、なんとかこの過酷な作業の疲れが少しでも楽になればいい・・・僕の思いはそういうことだった 「ありがとう!」Nさんがにっこり笑って僕に答えた

僕は持ってきた誘導棒を取り出し現場に立った 朝まで・・・社員たちが出社してくるまで・・・僕のやってることは明らかに違反行為だったから

そんなこともあったりして毎日の業務をこなしていたが、ついに3月の末になり僕の警備会社での仕事もあと数日になった

するとあのNさんから僕宛に電話がかかってきた

「矢島さん、今度の土曜日の夜空いてる?」
「空いてますけど・・・何か?」
「いやね、僕とKさんでぜひ矢島さんの送別会をやろうという話になってってね・・・来れるかな?」

Kさんはあの大崎の現場でNさんと一緒に勤務していた隊員さんで、この人もものすごく真面目な好人物だった

「ありがとうございます!喜んで行かせてもらいます」

場所は警備会社からそれほど遠くない和風居酒屋だった NさんもKさんもそのときはいつもの隊員服ではなく背広・・・2人ともなかなか恰幅のいいビジネスマンのように見えた

お銚子を傾けながらNさんがこう言った

「いや、あのときの矢島さんがやってくれたこと・・・嬉しかったな! 指令室の人間の中であんただけだよ! そんなことをやってくれる人なんて居なかったもの」

Kさんもこう言ってくれた

「矢島さん、これから新しいところへ行っても、きっとあなたならうまくやれると思うよ 俺たちあんたのことは忘れないからね」

僕は嬉しくて思わず泣きそうになった あの晩の掟破りの僕の行動・・・会社にはもちろん一切報告しなかったが、彼らにそういう言葉をかけてもらって本当にやった甲斐があった・・・そう思った お勘定のときになると払おうとする僕を引き止めて二人がこう言った
「いいんだいいんだ、これはあの時のお礼だから!ほんの気持ばかりだけどね」

そしてついに退社の日が来た 制服一式とそれまで着けていた隊長のモールと肩章を返納して僕は深々と頭を下げた
「本当にお世話になりました!」

1年弱の勤務・・・でも、ここでは本当に色々なことを学ばせてもらった

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