僕の吉祥寺話 52

昨日facebookを見てたらfb友達の中川砂人さんのところでアコギについての彼の持論が書かれてあって、それに対して色々な人達が書き込んでいて、 ちょっとした「アコギ討論会」み中川たいになってて面白かったのでかなり酔っていたのに強引に参加させてもらっちゃった すごくいいことが書かれているので、fbやってる人はよかったら見て下さい
そういうわけで今日の人物はギタリスト&シンガー「中川砂人」

僕は当時から親しみ込めて「イサっちゃん 」と呼んでるのでここでもそう呼ばせてもらう
だけど、僕にとっては大先輩だしギタリストとしては今でも尊敬するグレートプレイヤーである
あ の当時、イサっちゃんは村上律と「律アンドイサト」というユニットを組んで活動をしていて、アメリリツイサトカの兄弟ユニット「ハッピー&アーティー」みた いなグレードの高いアコースティックサウンドを造り出していた 当時から「アコギといえばイサト」という評価は誰もが認めるところで、僕も彼から教わることが一杯あった

とにかくあの当時から音に対するこだわりと追及が凄い人で、前に話した佐藤ガンさんの「青空」のレコーディングのときに僕はそれを目の当たりに見せられた
それは「時間がありすぎて」という曲でイサっちゃんは真ん中の間奏で16小節のソロを任された
当 時は今と違ってフラットピックでの演奏が多かった彼はスタジオのブースに独りで入りマイクの前に座り華麗なフレイジングでソロを弾き始めた それはじつにクリアーで艶やかでなんとも美しい音色だった 不思議なことに同じギターでも彼が弾くとなんだかコンプレッサーがかかってるような音になる それはきっと弦にかける圧力やタッチが違うんだと思う
さて、確認が済んでいよいよ本番音入が始まる スタジオに緊張感が走る ガンさんはじめ何人かのプレイヤーたちがそれを見守ってる
オケが流れる そしてソロパートの部分・・・ギターからは流麗でまるで歌うようなフレーズが溢れだす
素 晴らしい!これは一発オッケーだな・・・そう思ってたら弾き終わるとイサっちゃんは即座に「あかんな、もう一回お願いします」と言ってふたたびソロ を・・・終わるとプレイバックを聞きもせず「あかん、もう一度」それが何度も何度も・・・僕なんか聞いててもどこが「あかん」のかわからない しまいにはディレクターさんまでが「イサトさん、今のテイク良かったんじゃないですか」と言っても「ダメ!もう一度」と、結局彼が納得するまでその作業は 終わらなかった

今になってなんとなくわかるのは、レコードという後まで残るものにいい加減に妥協した演奏は残しオシオたくないという責任感や使命感みたいなものが当時からイサっちゃんには強くあったのだと思う

実際その後、フィンガーピッカーとしてもう世界的なギタリストになり押尾コータローなどの多くのギタリストを育てたのはあのイサっちゃんだからできたことだ

とにかく、音に対しては自分にも他人にも厳しい人で、他面ではすごく気さくで面倒見のいい人だ ギターについての質問や相談にはいつも親切に丁寧に教えてくれたいさとし、僕も色々な技を彼から教えてもらった

そんな彼が一度、妙に弱気な面を見せたときがあった
それはある日、まだ高田渡が生きてた頃だが、たまたま「のろ」に昔の吉祥寺の仲間が大勢集まって飲んでたのだが、その時イサっちゃんがこんなことを僕に漏らした
「俺なあ、最近やる気が出んのよ・・・なんかやることはやりつくして、もういいかなって・・・」ちょっと驚いたが、彼くらい長年第一線で物凄く頑張ってきたプレイヤーだとそういう悩みも持つのかな・・・それにイサっちゃんももう結構いい歳だし・・・などと思ったのだ

その彼が再び「やる気」になったのは皮肉にも長年の親友、高田渡の死亡がきっかけだったようだムサシノレビュー
彼だけではない やはり渡と長年のつきあいがありそして年上の中川五郎や佐藤GWAN博など多くの人達がそれを契機に「これはあかん」と、また活発に活動を始めた

イサっちゃんは今でも日本国内に限らずギタリストとシンガーとして活躍されてる まだまだ元気でずうっと活躍してほしい
そしていつまでもあの小うるさい(笑)御意見番としてアコギの世界にもの申してほしい 僕もまだ当分はついてくからね

高円寺ライブハウス ペンギンハウス

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