仲田修子;ダウンタウンブルース  4

二ケ月目に入って二週間位した頃、新しく店にきだした大学生に耳よりな話を聞いた。 「俺の先輩が広告代理店で働いているんだけど」
「紹介して下さい、お願いですから」私はさっそくその先輩という人に、今でいうアポをとった。
その学生の先輩という人はまだ若そうで、気さくな人だった。私の話をけっこう真面目に聞いてくれた。
「俺はさあ、あんまりそういうとこ飲みに行かないから良くワカンないんだけどさあ、うーん、そうだ、サカイさんなら知ってるかもしれないな、ちょっと待って」
その人は社内電話をかけてくれた。
「サカイさん今いるから、すぐ会いに行ってみれば?」
その人は場所を教えてくれた。
迷路のような巨大なビルの中を、私はサカイさん、に会うためにうろつき回った。

サカイさんは三十代位の人だった。名刺をくれた、漢字では「栄井」と書くのだと知った。
「茶でも飲まない?」
栄井さんはそう言ってビルの中の喫茶コーナーに連れていってくれた。
彼は面倒見のよさそうなやさしそうな人だった。私は懸命に訴えた、いかに弾き語りになりたいかという事を。
「一日コーラ三本で歌ってるんです…」そう言うと彼は頷き、「かわいそうになあ…」と言った。私は突然涙が溢れてきて、それを止めようと必死になってうろたえた。「オイ、泣くなよ、こんな所で、俺が若い女ダマして捨ててるみたいに見えるじゃねえかよ!」
彼はそう言って笑った。
「俺、毎晩飲んでるけどよ、たまに行く店で、なんか、弾き語りを変えたいとか言ってる店があったクラブよな…銀座だけどよ、今入ってる奴かなりうまいよ、お前さん、自信あるの?」
「全然ありません……でもがんばります、ダメでもいいんです、何とか、オーディションを受けられるようにして頂けませんでしょうか?」
「よし、わかった、セッティングしてやるよ、ただし、全部お前さんの実力次第だからね、俺は…それ以上の責任は、カンベンしてくれよな」
私は事情を話し、パン屋の赤電話の番号を栄井さんに教え、くどくどとお礼の言葉を言って栄井さんと別れた。
三日後、パン屋のおばさんが呼びにきた。 「電話ですよ!」
栄井さんからだった。来週の月曜日、午後四時にオーディションだ、と言って店の場所と名前と電話番号を教えてくれた。
「俺は用事があって行けねえけどよ、まあがんばれよ…あ、それから、一応女装してった方がいいんじゃないかな?」口紅
「女装…ですか?」
「うん、この間会った時、お前さんジーンズにワークシャツでさ、俺最初、高校生のオカマが来たと思ったんだぜ、ハハハ、じゃ、そういう事で」
私はすぐさま化粧品屋へ行って青いアイシャドウを買った。口紅は一本だけ持っていた…
三百五十円で買った得体の知れないメーカーのピンクのを…スカートは二枚だけ持っていた。ふつうのと、黒い、とんでもなく短いミニスカートを…。

 高円寺ライブハウス ペンギンハウス

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