仲田修子;ダウンタウンブルース  15

ミツコは一応雪乃派に所属しているらしかった。けれど彼女一人は他のホステスとは違って、絵理菜派に対して別に何の悪意も持ってはいないようだった。
そんなある日、お客がけっこう入っている時だった、絵理菜さんがふと思いついたようにマイクを握った。
「先生、一曲歌わしてよ…」
曲はブルーノートが入った歌謡ブルースだった。(ブルーノートというのは、たとえばド、で始まる東京流れ音階ならば、ミ、とシ、が半音下がる音階の、その半音下げた音のことをいう)
私は適当なイントロを弾き、彼女は歌い出した……あまりのうまさに鳥肌が立った。私はそれまでどこへ行っても「声」をほめられ続けてきた。あの星さんでさえも、「君の声と音程の良さはひと財産だよ、それにフィーリングもすごく良い」といつも言ってくれていた、そしてそれまでのべ何千人という人数の人達の伴奏をしてきたけれど、中にはけっこううまい人もいたけれど、しょせん、プロである私や星さんクラスの人などいるわけがない…と思っていた。それが、いたのだ!彼女は私や星さんよりうまかった…私の声はソプラノ系だったけれど、彼女の声はアルトで、こういうのをベルベットボイス、というのだろうなというような深みのある、そして艶のある、聞いているとどんどん引き込まれるような素晴らしい声をしていた。音程も完璧で、ブルーノートのとり方、歌の説得力、表現力、どれをとっても私はかなわないと思った。そして伴奏をしている間中、感動のあまり鳥肌が立ちっ放しだった。
ただ、彼女の歌い方はやっぱり「ルバート」だった。
彼女は歌い終るとさっさと客の所へ戻って行ってしまった。年は三十三、四ぐらいなのだろうカクテルか?背が少し低く、丸顔で、全体的に小太りだった。
私は拍手した、人の伴奏をして何千人、初めての事だった。そこへミツコがやってきてマイクを握った。私は少しミツコを憎んだ、相変らずのひどい歌が始まった…。

 高円寺ライブハウス ペンギンハウス

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