ギターを弾こう   73

さて、先日「ブラインド・ブレイク」のギターについてあれこれ書いたのだけど、そうするとどうしてもこのギタリストのことに触れないわけにもいかなくなってしまう

それが「ビッグ・ビル・ブルーンジーBig Bill Broonzy」だ220px-Big-Bill-Broonzy

なぜかというと、明らかにブレイクの影響を受けてスタートしてる彼のギタースタイルがそのご1030~50年代にかけての長いキャリアの中で色々と変化しながらそれぞれの時代に合わせたようなスタイルを作りつづけてきたことがちょっと面白いな・・・というのと何より多分僕がギターでは一番影響を受けたブルースマンだからだ

ビッグ・ビル・ブルーンジーは諸説あるが1898年ミシシッピ生まれ 最初にソロのシンガー” として1929年に録音し、そのスタイルで録音を続けた。1936年彼は、トラップス(ドラムス)とアコースティック・ベースと、ひとつ以上のメロディ楽器(ホーンもしくはハーモニカ”で構成された小さなグループを使った、最初のブルース歌手の一人となった。これで録音されたレコード盤は、通常は「ビッグ・ビルと彼のシカゴ・ファイブ名義でリリースされた。1945年以降はコロムビア・レコードに移った。彼の最も知られた曲のひとつ、「キー・トゥ・ザ・ハイウェイ」はこの頃に書かれた。彼の人生の大半では、寝台車のポーター、コック、鋳物工、守衛をして収入を稼いでいた。彼はシカゴ・ブルース”のスタイルのパイオニアであり、1942年の初めにはエレクトリック楽器を導入していたにもかかわらず、彼の新しい白人の観衆たちは、彼にアコースティック・ギター一本だけで初期の曲を演奏するのを聞きたがり、それらの曲がより「正真正銘」であると考えられた。ブルーンジーは1956年にシカゴに戻り、演奏を続けた

彼は1958年に咽頭癌で亡くなり、イリノイ州ブルーアイランドリンカーン墓地に埋葬された

・・・などと Wikipedia でもかなり長く紹介されてる彼のキャリアは30年におよび、しかもブルースという大衆音楽が最も変化を遂げた時代のほぼ真ん中にあったので彼のスタイルもそのつどかなり変わってゆく その中で大きく区切った4パターンのスタイルが年代とともにあるんだ

ではその1から4までをおさらいしながらギタリストとしての彼の魅力に迫ってみようと思う

まずは彼の代表作ともいえるBib Bill Bluesから

高円寺ライブハウス ペンギンハウス

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