仲田修子話 79

仲田修子著;ダウンタウンブルース「14」より

「あなた、ピアノか何か習っているの?」修子は訊ねた。絶対何か習っているに違いなかった。
「いいえ、ピアノじゃなくて歌を習ってるんです」
「どの位習っているの?」
「私、歌手になりたくて、高校出てすぐに東京に来たんです、それからずっと、いろんな先生についたんですけど、今習ってる先生がレコード会社にすごく顔のきく人で、もうちょっと頑張れば、その先生の作曲で、有名な作詞家の人に詞をつけてもらえるんです」
「へえ、すごいね、それでレッスン料はいくらぐらい?」
「今の先生はレコード会社にコネがあるんでちょっと高いんです…」
「だからいくらぐらい?」
「ワンレッスンが一万円で、月に四回です。たまに五回の時もありますけど」
ヒエー!高い、修子はぶったまげてしまった、自分のジャズピアノだってワンレッスン二千五百円しかしない。
「あなた、今いくつ?」
「二十一です」
「名前何だったっけ?」
「ミツコっていいます、本名じゃないです。香水の名前からとったんです」
修子は考え込んでしまった。多分彼女は騙されているに違いない、演歌の世界は全然知らなかったけれど、そういう話はたまに聞いた事があった。彼女の歌を聞いて、プロになれると思う人は、おそらく一人もいないだろう。それに、ルックス、彼女の顔は店にいる全然美人じゃない中年のホステス達の誰よりも落ちるのだった。しかし、彼女は、いや、彼女だけがその店のホステスの中で明るかった。きっと「夢」があるせいなのだろう、それがはたから見てどんなに絶望的なものに思われたとしても、それが彼女を支えているのだろう。
修子はその店では「先生」と呼ばれていた。マネージャーさえもがそう呼んだ、最初のうち恥しくてたまらなかったけれど、こういう世界では一種の符牒なのだと思って、すぐ慣れた。

一週間ぐらいしてホステスの名前もほぼ全部覚えた頃、修子は彼女達が二組に別れて対立しているらしい事に気付いた。
お客が来るまでの時間、彼女達は必ず店の両端にわかれて座るのだった、最初のうちは気にもしなかったが、まず、いつもそれが同じメンバーだということ、四人と五人にわかれていて、四人の方のリーダーは「絵理菜」さんという人で、五人の方のリーダーは「雪乃」さんという人だということ。

彼女達は絶対に口をきいたり話をしたりしなかった、絵理菜派と雪乃派はお互いのメンバー同士でいつも世間話をしていた、そして時々お互いの対立相手に向って「聞こえよがし」的な大声で厭味とか皮肉らしいことを言うのにも気付いた。
それを聞いていても、一体何で彼女達がそんなに激しく対立しているのか、修子には原因はさっぱりわからなかった。

挿入曲;「マンデイモーニングブルー」 2002,7,10大田区民プラザ大ホールコンサートより

筆者脚注; この話は仲田修子筆の自伝小説「ダウンタウンブルース」をそのまま使わせてもらってます 書かれていることはすべて本当にあったことです 人称を「私」から「修子」または「彼女」に書き換える以外は一切加筆していません

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