ペンギンハウスがかつてアメリカの「NEWYORK TIMES」にはこう紹介されていた。何年だったのか?年号のところがちょうど滲んで読めないが「観客たちはステージで繰り広げられる過激なパフォーマンスを敬意の目で静かに観ている」・・・と
しかし、その後のペンギンハウスにはがらっと変わっていわゆる「ロック」や「フォーク」的な出演者たちが増えて来ていた。彼らがそれまでのペンギンハウスに多かった演者たちと大きく違っていたのはやはり客とのコミュニケーションを大事にする、あるいはコミュニケーションと取ろうと努力する・・・という姿勢だった。自己の苦悩を客体化させそれを聴き手を含めた皆で共有する・・・それは僕が音楽をやってきた中で最も影響を受けた「ブルース」という音楽に最も必要とされていた要素だった。 ブルースマンが曲の中で「僕の悩み」として歌うことのテーマはそのまま聴き手一人ひとりの「僕の、私の悩み」でもあるのだ。客席と全く苦悩をシェアしようとはせず、むしろちょっとサディスティックに自分の苦悩を垂れ流すよな者にはもはや誰も付いて行こうとはしなかった。
ただ、そうは言っても新しい担い手たちはそれぞれがあまりにも孤独でそして苦戦していた。世の中はむしろ「生なもの」を遠ざけていく傾向になっていた。 苦悩や孤独はあるのだがそれを誰かとシェアするよりは「ゲーム」や「アイドル」といった「バーチャルリアリティー」の仮想現実の中にそういうものを投げ込むほうが自身が負う傷もほとんど無くてすむ。
テレビから「音楽番組」などが減ってゆき、80年代の中頃にピークを迎えた「バンドブーム」もすでに過去のものになり・・・実際は本当に一部の者たちだけが辛うじて活動を続けている・・・そんな時代が来ていた。
写真はペンギンハウスのトイレに張られているNYタイムズの記事