僕の吉祥寺昔話  14

先日、じつに50年以上ぶりにその「現場」に行ってみた 三鷹駅の南口から出ると「玉川上水」は019駅の真下を通って東南東に向かって流れている その川沿いに今は奇麗な遊歩道が作られていてその道を真っ直ぐ進むとやがて井之頭公園の「西園」のところに出る その南側に例の「ジブリ美術館」があるのでこの道は最近は若い女性や子供連れの家族がよく歩いている

僕が子供だった当時はそんなものはなかった そんなに幅の広くない車道があるだけで歩道は無くけっこうビュンビュンと走る車に気をつけながら歩かなければならなかった 上水の畔はうっそうと草が生い茂っていた 太宰が飛び込んだという場所からもう少し下流に向かうと・・・

あった! 今は下部に穴が空けられて流れはせき止められないので「堰」としての役目は果たして022ないが、コンクリート製の「ダムのようなものが現在もそこにあった 間違いない ここだ

あの当時はこの堰を溢れたたっぷりの水が「どうどう」と音を立てて流れ落ち、その下はちょっとした滝壺になっていた 深さはかなりある 川岸は切り立った崖のようになっていて、関東独得のローム層の赤土は濡れると滑り易い もし万一足を滑らせて川に落ちたら一巻の終り・・・まず助からない 玉川上水の川底は烈しい流れで削り取られて両側が壷のようにえぐれている

そこで水流が渦を巻いていてそこに飲み込まれたら浮かび上がることができない 太宰だけでなく多くの人がここの犠牲になっていたのだ

だから僕の通っていた小学校でも「絶対に行かないこと」と厳しく言われていたスポットだった

だからそこに「釣りに行く」というのは文字通り命がけだったのだ

放課後・・・数人の男児が釣竿を持ってそこに集まった

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