仲田修子話 85

仲田修子著;ダウンタウンブルース「20」より

数日して彼女はすぐにメロディを覚えた…修子のわたした紙を持って、今度は彼女が歌った。最初「 ここは下町……」という所で間違えた。ここだけは仕方無く小節の頭からでなく、一拍休んで「ここは……」と出るように作ってあった。修子はできるかぎりわかりやすく説明をくり返し、彼女は歌った…お客がくるまでの間中…。

「うるさくてたまんないよ、同じ歌ばっかし聞かされてさ!」
案の定雪乃さんがイヤミを言い出した。
「カンケイないだろ!お客いないんだから」
絵理菜さんも負けずに言い返した。
「何だって!」
雪乃さんが立ち上がった。
「やるのかよ!」
絵理菜さんがマイクを床に投げた。

「やめなさい!二人共、ここはケンカしにくる所じゃないんだよ!」
マネージャーが大声を出した。初めて聞く彼の声と態度だった、店中シーンとなった、お客が入ってくるまでそれは続いた。
二日後、絵理菜さんは紙を見ながらなら、完璧に歌えるようになった、次は暗譜だ…。

その後三日目に、彼女は暗譜で完全に歌えるようになった。次はバンドのアレンジ譜だ。
修子は星さんに久々に電話して、どこかに安いアレンジャーがいないか?と相談した。バンドの編成を言うと星さんは「9(ナイン)ピースだね」と言った、初めて聞く言葉だった。
「六本木でかけもちナイト(注;1)やってるピアノがいるよ。その人ならやるんじゃないかな?」
「へえ、ピアノでかけもちナイトですか?」
「うん、彼アパート二軒持ってるらしいよ、古い人だからね」
アレンジャー、は六本木にある大きなレスビアンクラブで、ナイト、をやっていた。

 

歌もピアノもあまりうまくなかった。「この人ぐらいでもアパート二軒持てるのか…」修子は安心した。そして紙を二枚差し出した。
「あの…9(ナイン)ピースなんですけど…それと、これがCメロなんです…」彼は修子の書いた譜面をじっと眺めた。修子はちょっとドキドキした。
「キイ、は何なの?」
彼は半分白髪の頭をちょっと傾げた。
「あの、今はとりあえずAマイナーで歌っていますけど」
「あのね、これだけ管楽器が多い場合はね、ふつうフラット系(注;2)にするんだけどね……」
「ああ、そうですか、知りませんでした、じゃ、半音下げてAフラットマイナーにして下さい…」
「Aフラットマイナー……ね」
彼は修子の譜面にそう書き込んだ。

注;1「ナイト」とは店で仕事として深夜の時間帯に演奏すること 現在では風営法で禁止されている

注;2ここで使われている「フラット系」とは音楽用語で その曲のキー(主和音)がフラットでできている曲をいう 代表的なよく使われているものに「B♭」があるが、これはジャズ系の管楽器がこのキーだとブルーノートを出し易いから フォーク、ロック、ブルース系のミュージシャンたちがよく使う「C」や「G」とかは「シャープ系」と呼ばれる

挿入曲;「midnight special」2002,7,10 大田区民プラザ大ホールコンサートより

筆者脚注; この話は仲田修子筆の自伝小説「ダウンタウンブルース」をそのまま使わせてもらってます 書かれていることはすべて本当にあったことです 人称を「私」から「修子」または「彼女」「自分」に書き換える以外は一切加筆していません

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